
| 飯高檀林は、天正元年(1573)要行院日統が匝瑳市(旧 八日市場市)飯塚の光福寺に学室を開いたことが檀林の前進とされています。後に京都から教蔵院日生を招いて天正7年(1579)土地の有力者,平山刑部の後援をえて学室を当地の妙福寺に移し、これが飯高檀林の発祥で僧侶の教育と宗学を研究し,極めることを目的として開設され,翌年(1580)には現在の土地に移りました。その後,関東八大檀林,関西六大檀林へと発展して行きました。 |

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形式:木造寄棟造 建立:火災に遭い慶安4年(1651)、13世 寿量院日祐 のとき再建、檀林の伽藍(寺院の建造物全般をさす語)の中心をなすのが講堂で、仏法を説き教典を講義する堂宇であることから講堂と呼ばれたが、講義だけでなく法要の場ともなったり、寺院が主催する集会なども行われた。 備考:千葉県内で一番大きな重要文化財の建物 |
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形式:木造入母屋造 建立:寛文頃(1661〜1672)再建 梵鐘:寛永16年(1639)秋寄進。 梵鐘をつるす鐘楼。今でも朝夕には時を知らせる鐘の音が鳴り響いている。鋳造は武州江戸神田鍛冶町2丁目鋳物師山田和泉掾吉貞によるものと刻まれている。 |
形式:木造入母屋造 建立:享保5年(1720)新造 中には大きな太鼓が吊されており、講堂に学徒を呼集するために打ち鳴らした。ここで打ちならす太鼓の音は遠く九十九里の海岸まで鳴り響いたといわれている。 傍らに家康の側室養珠院(お万の方)お手植えのものといわれている楓の木がある。 |
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| 規模:間口7.575m 奥行き6.590m 形式:木造寄棟造 建立:18世紀頃と考えられている 用途:四教儀部から集解部に上級するには「新談義」という試験があった。その試験に合格するようにと祈願した場所 |
総門を抜けると左右に杉の巨木が立ち並ぶ。木漏れ日に照らされた参道は、近隣のボランティア(檀林を守る会)の手により常に清掃されている。 | 学問所として開かれた飯高檀林も明治5年の「学制」発布により同7年に廃檀となり,294年間の歴史を閉じることになり、後に現在の立正大学へと受け継がれた。 |
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規模:間口4.705m、奥行き1.915m 形式:腕木門 建立:延宝8年(1680)新造、現在のものは天明2年(1782)新造 |
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